ツバサ / アンダーグラフ

アクリル板で仕切られた狭いスペースの中で、必死にスマートフォンを覗き込みながら牛丼を貪るサラリーマンたち。これではまるで家畜じゃないか……。おれは半分ほど残っていた牛肉の汚砂(おさ)炒めをかき込み、いそいそと会計を済ませて店を後にした。信号が変わるのを待っている間に店をもう一度振り返る。あまりのおぞましさに、汚砂(おさ)炒めを全部もどしてしまった。嘔吐というのはそんなに悪いものでもない。再び空腹が訪れたが今はそれよりも孤独が欲しい。昼休みの残りの時間で十分間に合いそうだったので、東の森へ向かった。森へ入ってしばらくするとボイルむき海老が採れると言われている洞窟に行き当たった。ボイルむき海老は、広葉樹の生い茂る森の中にある洞窟で原石を採掘することができる。原石のままでは食べることが出来ない。それを清らかな清流に浸し、同じ森の中で取れる皿うどんの木の実の汁ですすぐと我々が普段よく目にするボイルむき海老になるというわけだ。早速、洞窟に入る。洞窟はとても暗かったが同時にたくさんの蛍光灯で照らされていて明るかった。壁や天井は白く真っ平らで、周囲にはたくさんの人が座っていた。だが暗いので顔はわからない。座り込んでいる人の群れの中に、ホルスタインの頭をした司祭がいた。彼または彼女は洞窟の中で唯一明瞭な音声を発していたが、聞き取ることは出来なかった。彼または彼女は音声を発すると同時に反芻してもいたが、それは音声を聞き取ることが出来ない理由にはならない。布団を引っ張られ目を覚ますと、盗人が寝室を出ていくところだった。それが盗人であるということはわかっていたが、面倒だったので追うことはやめ、もう一度眠ることにした。間も無く二度寝ができそうだという頃に、階下から女の叫び声が聞こえた。助けを求めているようだ。仕方がないので階段を降りようとすると、階段のふもとに白い破片が多数散らばっていた。盗人が壁にぶつかったのだろう。全くもってどうでもいい、と思いながら階段を降りると、盗人が涅槃の体勢を取っていた。すかさず殴りかかる。盗人は抵抗しない。女は横で泣いている。おれは盗人を殴打しつづけたが、卑しい笑みを浮かべながら「そういうことだ、そういうことだ」と言いながら白い破片を散らすばかりで、一向に音を上げる様子がない。傍らに居る女の様子を見ると、女と思っていたそれは女ではなく山羊の頭が八つ輪っか状に繋がったものだった。なんだ、山羊頭八連(やぎずはちれん)だったのか。それならば話が違う。彼女または彼女らはきわめて明瞭な音声を発していたが、聞き取ることは出来なかった。彼女または彼女らは音声を発すると同時に反芻してもいたが、それは音声を聞き取ることが出来ない理由にはならない。おれはさめざめと泣いた。体育館シューズを忘れたくらいで、どうしてこんな目に遭わなければならないんだ。