富士山のモノクロ写真を眺めていたら、虫歯が治った

最近、通勤時間にラジオを聴いている。「上坂すみれの♡(はーと)をつければかわいかろう」が聴きたくなってラジオのアプリを入れたのだが、無料で聴くことができなくなってしまっていた。東京のラジオなので、大阪で聴くためには有料会員になる必要があるらしい。この国は東京以外の人間に厳しすぎる。転職活動も、「東京に行きたくない」と行った途端に選択肢が狭まる。おれは東京を許さない。東京そのものにいかほどの価値があるのか?「東京に行く」というプロセスに酔っているだけではないのか。radikoの有料アカウントは月額350円だが、おれは有料会員にはならない。月に350円というのは別に高い金額ではないが、「どうせおれは登録していることを忘れて死ぬまで解約せずに月350円を支払い続けるのだろうな、どうせおれはそういう人間だ、そしてどうせ、パスワードは英数字混在でかつ大文字が含まれていなければならないとか記号が含まれていなければならないとか定期的に変更しなければならないとか言われるのだろう、おれはもうこれ以上新しいパスワードを覚えることが出来ない。管理することが出来ない。パスワードを忘れてしまって困るのが目に見えている。パスワードを忘れて、そのままおれは一生350円を払い続けるのだ。わかっている。ひとりにしてくれ・・・。」と思ってしんどくなってしまったからだ。パスワードというのはそもそもおれを守るためのものではなかったか。だが今おれは間違いなくパスワードに苦しめられている。助けてくれ。

上坂すみれの♡(はーと)をつければかわいかろう」を聴くことができないのは残念だが、思いがけない出会いもある。

昨日聴いていたラジオの話。武田鉄矢が、突如角界から姿を消した大横綱 双葉山の話をしていた。「角界」っていう言い方で合ってるよね?と思って念のために調べたら間違っていなかったので良かったのだが、理由として「相撲を"角力"とも書くことから。」と書かれていて意味がわからなかった。「相撲」を「すもう」読むのも意味がわからないのに、「角力」が「すもう」なわけがないだろ。だったらせめてSMOKINGは「スモウのキング」であれ。「喫煙」ってなんなんだ。どうなっているんだこの世界は。

双葉山新興宗教「璽宇」への入信をきっかけに土俵から姿を消したという。「璽宇」は天照大神の神懸かりを受けた開祖「璽光尊」を信仰の対象とする新興宗教。敗戦後、「人間宣言」により天皇の神性が否定された日本国内では各地に様々な「生き神」が現れたという。天皇という唯一の神を失った人々は新たな神々に縋った。双葉山もその一人だったのだ。角界の頂点に君臨した彼は土俵の上で「神懸かり」を感じたことがあったのかもしれない。経験や技術を超越した何か。勝敗を分かつ何か。双葉山の勝利を支えた何か。天皇が神であったころは、もしかしたら天皇の顔が浮かんでいたのかもしれない。天皇が神でなくなったその時、璽光尊に出会ったその時、双葉山は何を思い、何を見たのだろうか。

実は、「上坂すみれの♡(はーと)をつければかわいかろう」で、上坂すみれさんが「モロトフカクテル」の話をしていたことがある。実は「上坂すみれの♡(はーと)をつければかわいかろう」が聴きたくなったというのも、最近プレイしているニンテンドースイッチ版のファイナルファンタジーⅦで登場する敵、ダインが「モロトフカクテル」という技を使ってきたからだ。ダインは「Sマイン」という技を使ってくることは覚えていたが、「モロトフカクテル」は覚えていなかった。「上坂すみれの♡(はーと)をつければかわいかろう」で「モロトフカクテル」の話を聴いた時にダインのことは思い出さなかったが、ダインの「モロトフカクテル」を受けた時、おれの心の中にはたしかに上坂すみれさんが現れた。そうなると、年末年始にダウンロード版のファイナルファンタジーⅦのセールが行われていたのも偶然ではないのかもしれない。おれがファイナルファンタジーⅦを買ったことも、「上坂すみれの♡(はーと)をつければかわいかろう」を聴きたくなったことも、大いなる何かによって決定されていたことなのかもしれない。上坂すみれさんといえば、「要らなくなった服をフリマアプリで売っている」という発言があったことも忘れてはならない。これにより、量子物理学において、「フリマアプリで売られている古着は上坂すみれさんの古着ではない状態と、上坂すみれさんの古着であるという状態が共存している」という問題、通称「シュレディンガー上坂すみれの古着」が議論を呼んだ。だからといって、おれは女性の古着をフリマアプリで買ったりはしない。金を使うことと新しいことを始めるのがとにかく億劫だからだ。

ではおれは双葉山関のように神の存在を感じる経験をしたことがあるかというと全くそうではない。おれはスルメイカを乾燥させる機械のリース営業の仕事をしているが、今週も散々な目に遭った。

北陸のとある漁村で水産加工業を営む会社から問い合わせがあり現地に向かった。予想していた通り、「会社」とはいうものの、社長がご主人、副社長が奥さんという、最もミニマルな経営体制だ。名刺交換をして着席するやいなや、社長が口を開く。「御社だけではなく他に何社も問い合わせをしています。本当に困っているんです。」あまり期待出来ないなと思いつつ、詳しい話を聞いてみる。悪い予感というのはどうしてこんなにも当たってしまうのだろう。この社長は、最初からスルメイカを乾燥させることなど考えていなかった。

全世界を襲う海洋の糖水化はこの小さな漁村も例外扱いしなかった。頭が禿げ上がり背骨が曲がったこの社長は、大量に発生したチョコレートカワハギをどうにか売り物にできないかと考え、スルメイカを乾燥させる機械に思い当たったらしい。ああ、憂鬱な仕事だ。チョコレートカワハギの干物は確かに高級品だ。高級であるのには理由がある。チョコレートカワハギの分泌液は粘度が高く、とにかく乾燥しづらい。一般的な干物の作り方では、完全な干物になるまでに10年かかると言われている。大抵は乾燥しきる前にカビや虫にやられてしまう。ちょっとやそっとで干物にできる代物ではないのだ。おれが勤める会社で取り扱う乾燥機は吊り下げ回転型しかない。チョコレートカワハギは吊り下げ回転型の乾燥機では干物にできない。カワハギ本体がいつまでたっても乾燥しないまま、分泌液が飛び散り、そこら一帯が人間の住みかでなくなってしまうだけだ。おれは、「リースの契約が多く機械の空きがありません。イカを乾燥させるお客様と優先的に契約させていただくだけでもいっぱいいっぱいで、イカの乾燥以外のお客様と契約できる余地がありません」と言い、商談を終えた。そもそもイカが絶滅したこの世界でどうしてスルメイカを乾燥させる機械のリース業が成り立つのだろうか、という疑問が浮かんだが、その疑問は社長にノベルティを渡そうとしてビジネスバッグをまさぐっている間に霧散した。商談のお礼としてゲームボーイ版の「Sa•Ga2 秘宝伝説」を渡すつもりだったのだが、事務所に忘れてきたことに気が付いたのだ。仕方がないので乗ってきたBMWを社長にプレゼントした。

帰り道は漁村から3時間歩いたところにある駅から電車に乗った。各駅停車しか走っていない路線だったが、満足だった。おれはBMWより各駅停車が好きだ。ゴルフに似ているから。