バラモスゾンビは三度死ぬ

大魔王ゾーマの魔力で再び蘇った

選択するということ

ウィッチャー3をクリアした。してしまった。終わってしまった。本当に素晴らしいゲームだった。あと2年早く出会っていれば、おれの人生も少しは変わっていたかもしれない。

俺たちはたまにたまに会って強い酒を飲み、昔を懐かしむ。あの時違った選択をしていれば、どんな未来が待っていただろうかと、思い描きながら…

些細な「選択」が、のちに思いもよらぬ大きな結果を招くことがある。しかし我々にはそれを確かめる術はないし、前もって知る術もない。今ウィッチャーの物語に出会えたからこそ心に響いたのかもしれないし、そうでもないのかもしれない。

 

なんにせよ、心に大きな穴が開いてしまったことは間違いない。ウィッチャー3が終わってしまった喪失感のせいか、一生懸命やっていたデュエルリンクスも、どうぶつの森も、どうでもよくなってきてしまった。こうなってくると、はて、自分がやりたいことはなんだったのだろう、と不思議に思えてきた。

 

ツイッターを辞めたのは今年の正月だったから、もうすぐで丸一年になる。一年前の今頃はまさに自分の中の承認欲求が獣のごとく怒張していた。今になってやっとわかったことだが、当時の自分は、「自分がやりたいこと」と「それが人に承認されること」を分けて考えることが出来なくなっていた。承認されないことに価値を見出せないでいた。いや、無意識に「やりたい」という気持ちが抑えつけられてられていたのだろうか。どちらにせよ、まごう事なき病人である。

ツイッターを辞めてからというもの、SNSに触れる時間がなくなり(facebookは稀に見るが)、インターネットに触れる時間が短くなり、最近ではスマートフォンに触れる時間すら短くなってきた。

それに反比例して、「考える」時間が増えたように感じる。また、因果関係は不明だが、長い夢を見ることが多くなった。

 

とはいえ、改めて「はて自分がやりたいことはなんだったか」と考えた時に、やはりまだ承認欲求は付き纏う。「なぜ」に対して「人に承認されるために」という回答がのっそりと頭をもたげてくるのを感じる。"奴"はまだ居る。

 

 

「自分の人生を生きる」というのはどういうことか。

人間は何のために生きるのか。

 

この一年で深く考えるクセが付いてきたように思える。それでもまだまだ、"奴"の息の根は止められていない。"奴"とは決別せねばならない。

 

果たしてこの選択が何をもたらすのかは誰にもわからない。

その果てに何があるのか、見てやろう。

一人飲みは楽しい

いつぞや「一人飲みをやってみたい」と書いた気がする。この間、本当に実行してみたのだがこれがまあ楽しいこと。なんの気兼ねもなく好きなものを好きなだけ食べられるし、自然と酒の進みがゆっくりになる。じっくりと酔っていく感覚が心地良い。デビュー戦は立ち飲み屋だったが、スマホも触らず、ただじっと肴の味と酔いが回るのを感じていると、自分が飲み屋の背景の一部になったようでおもしろい。もともとそこら辺の人を観察するのが好きだから、つい周りのお客さんの話し声に聴き入ってしまう。この人たちは二軒目か、おや、この二人は連れかと思ったら今たまたま出会った二人なのか、など。一人で酒場に行く楽しみ方として正しいのかどうかわからないが、おれが良ければそれで良いのである。飲みにはいきたいが、会社の人と仕事の話はしたくないな、なんて時は積極的にやっていこうと思う。

 

今日はいわゆる「コミュ障」のことを書こうと思う。先日、月並みではありますが、ベストセラーの中のベストセラー出てこいや、「嫌われる勇気」とその続編「幸せになる勇気」を読んだ。猫も杓子も褒めそやしやがって、流行りものがなんぼほどのもんじゃいと意気がりながら、その意気の割にはきっちり定価で購入して読んだ。なかなか面白かった。

あらすじはそこら中に転がっているから割愛する。

 

「自分はコミュ障だ」とひっそりと思い込んでいる人・公言している人はごまんといる。おれもその一人である。「勇気」二部作を読んだあとただちに対人コミュニケーションが怖くなくなったかというと全くそんなことはなく、誰かと話しては「あんなこと言って大丈夫だったかな」と頭の中で反省を繰り返すばかりである。

しかしここで気づいた。「あんなこと言って大丈夫だったかな」「気持ち悪いと思われてないかな」「嫌われてないかな」と自分の言葉は何度も鮮明にリピート出来るのに、話し相手の表情や言葉が曖昧にしか思い出せないのである。なんと、驚くべきことに「相手にどう思われるか」を気にするあまり、「自分が相手をどう思うか」を考えることを忘れてしまっていたのである。自分自身こそ、自分にしか興味がなかったのである。これでは嫌いになる嫌いにならない以前の問題である。自分は相手に興味を持っていないのに、相手に興味を持てなどと、そんなおこがましい話はない。

 

嫌われるのを恐れるあまり何もしないというのは駄目だけれども、沈黙を恐れて喋りまくるというのもそれはそれで良くない。沈黙が恐いと思っているのは自分だけかもしれない。恐いからといって沈黙を壊してばかりいては、それはそれで自己中心的だ。時に沈黙は必要なのである。

 

黙っていても駄目、喋ってばかりでも駄目。ほとほとコミュニケーションの難しさには困らされっぱなしである。今日上手くいったような気がしても、翌日には上手くいっていないような気がする。気がするだけで、何も変わっていないのかもしれない。まるで雲をつかむような毎日だが、不安定だからこそおもしろいのかもしれない。

現代人

何をしていたか?ウィッチャー3とデュエルリンクスと酒をやっていました。その結果どうなったか?

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 このような結果になります。

 

ウィッチャー3は驚くほどおもしろく、どっぷりとのめり込んでいます。ポケモンウルトラサンムーン発売まであと2週間。年明けにはモンハン。大丈夫でしょうか。

 

ウィッチャー3は凡そ中世ヨーロッパくらいの世界観で、出て来る人々は皆生きることに必死です。熾烈な階級社会の中で、「生きること」にも段階があることがよくわかります。ある人はその日の食い扶持を繋ぐことに必死に、ある人は裕福な階級を目指すことに必死に、またある人はいまある富を守ることに必死に、といった具合です。

そんな世界を孤高の狩人「ウィッチャー」として、色んな人の依頼をこなしながら旅をするわけですが、まあ胸糞悪い結末の多いこと多いこと。

良かれと思って悪人を懲らしめたつもりが実はそれが依頼者の陰謀だったり、逆に人を助けてやると後々になってそれが原因で別の人が死んだり。助けた亀は竜宮城に連れていってくれなくて両親を殺されて金品を持っていかれたみたいな、「逆・浦島太郎」みたいなことばっかり起こります。

 

でも、ただ胸糞悪さを楽しむだけのゲームかというとそうでもなくて、実はプリミティヴな人間像がありありと描かれたすごいよく出来たゲームだと思ってます。(プリミティヴは機動戦士ガンダムOOでアリー・アル・サーシェスが言っていたのと同じような意味です。)

何故そんな胸糞悪さを感じるのかというと、上述の「生きること」に必死な内面は我々現代人と共通しているのに、ウィッチャーの世界の住民は、我々には出来ないやり方でそれを達成しようとするからなのだと思います。一種の嫉妬でしょうか。

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例えば「食うものがないから殺して奪う」という原始的な解決。我々現代人はそんなことはしませんが、ウィッチャーの世界の住民は平気でそういうことをする。それを見た我々は「なんて酷いことをするんだ!」と義憤に駆られる。この義憤のメカニズムは、悪に対する純粋な怒りというより、ルールに縛られずに行動を起こせる「野性」への嫉妬なのだと思います。自分はルールの中で息苦しく生きてるのに、あいつはルールを守らずに自由にやってる。許せない!あると思います。(この辺りの洞察はニーチェの「良心の疚しさ」の考え方に近いところがあるような気がします。偉い人に怒られそうですが。)

結局のところ「我々現代人は"高度"で"文明的な"生活を実現している」なんて偉そうに言っても、奪い合い足の引っ張り合い蹴落とし合いなんていうことは日常茶飯事で、その根底にある「生きること」に対する必死さ、「野性」っていうのはウィッチャーの世界と本質的には同じなんでしょう。少し形を変えて表出しているだけ。

現代の色んな問題(ざっくりしていますが)が解消しないのは、結局人間だって野性的な動物なのに、それを認めずに変にカシコぶって「常識」なり「一般論」、果ては「良心」を盾にして、自分の顔も相手の顔も見ずに戦おうとするからなんだと思います。

相手の顔を見ずに戦うのは楽です。借りてきた盾を立てておいて、その後ろに座っていればいいだけなので。しかしそれはその先に発展性のある戦いではなく、既にどこかで行われた戦いの使い古しのコピーです。これを「よくある痴話喧嘩」と言います。あなたはどこかで誰かが繰り返した月並みな喧嘩とその後にある月並みな解決に甘んじるのか?

血を流すことはよくないけれども、現代人というのはあまりにも典型的・類型的・没個性的にまとまりすぎ、その割に偉そうな気がします。もっとぶつかり合っても良いんじゃないの。ウィッチャー3をやりながらそんなことを思いました。

カビ臭い話になってしまったので最後にエッチなスクリーンショットを貼って終わりにします。

 

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主人公のゲラルトは結構簡単に女を抱きます。

「ウィッチャーは政治的には中立」「ウィッチャーは子どもを作れない」なら何人抱いてもいいのだろうか・・・・・

愛と恋と虚栄

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古い遊園地の観覧車から見慣れた街見下ろし

ほら 今日までの僕らに 小さくエールでも贈ろうか

 

もずくとビール

シュレディンガーの上坂すみれの古着

今週も始まりました!上坂すみれの♡をつければかわいかろう、パーソナリティの上坂すみれです!

 

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ウルトラサンムーンの情報が続々と出ていますね。自分の中でワッとポケモン熱が高まり、休日出勤の道中久しぶりに国際孵化をやっているとアッサリ産まれました。産まれてきてくれてありがとう…。紫可愛い!

何ヶ月か前の色違いゼニガメに続き色違いミズゴロウもゲット出来たしメガラグラージかっこよくて好きなので色違い両エース雨パみたいなのを組んでみようかなとか思ったり思わなかったりしています。

 

ポケモンオーバーウォッチもデュエルリンクスもレーティングバトルとかランクマッチと呼ばれるものを頑張りたいという気持ちはあるんですがいかんせん時間がない…。

対戦ゲーム熱が高まってるとか言いながら「ウィッチャー3おもしれー!RPGやっぱ楽しいなー!」ってなってしまってるので進捗は全然ダメです。ウィッチャー、永遠に遊べる。

 

本当は今日はウィッチャーのスクリーンショットを載せたりしたかったんですが、PS4iPhone・PCへのデータ移動が面倒くさくてミズゴロウになりました。

USBメモリに入れて移すとかは面倒臭いしダサいからやりたくない…。PS4Twitterならすぐアップ出来るっぽいからそれ用のTwitterのアカウントを作るのが手っ取り早そう…。

 

まあまあ、そんなことはさておき、今日の本題は記事のタイトルにある通り「シュレディンガー上坂すみれの古着」です。

 

シュレディンガー」と聞いたら、高学歴のオタクの皆さんならわかりますよね?

1時間後に50%の確率で生きている、50%の確率で死んでいるという状況に置かれた猫は「生きている状態と死んでいる状態が重なり合った状態」になる、という量子力学のアレをアレした有名な思考実験です。よろしくお願いします。

 

皆さんはすでにお聞き及びかとは存じますが、先週の「上坂すみれの♡をつければかわいかろう」で、上坂すみれさんが「前に秋物をまとめてZOZOTOWNに売ってしまったので秋に着るものがない」と仰っていました。

可愛いですね。どんな私服を着ていらっしゃるのでしょうか。上坂すみれさんの古着、欲しいですね。

 

私は考えました。

その話以降のラジオの内容はあまり覚えていません。

 

考えに考えて、ついに閃きました。

 

量子力学の視点に立てば、ZOZOTOWNで買える女性の秋服の古着は「上坂すみれの古着である状態」と「上坂すみれの古着ではない状態」が重なり合った状態なのではないか…?

 

ZOZOTOWNで女性の秋服の古着を買うと、「それは上坂すみれさんの古着か否か?」という疑問にぶつかるわけですが、それはその古着の元々の持ち主が本当に上坂すみれさんだったのかどうかを観測するまでは確定しないわけです。量子力学では当然です。

すると、持ち主を観測されていない状態の古着は「上坂すみれの古着であるという状態と上坂すみれの古着ではないという状態が重なり合った状態の古着」ということになります…!重なり合ったということは事実上上坂すみれさんの古着であるということ!!

 

 

ヤッターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

優勝しました!おめでとうございます!ありがとうございます!

 

みなさんは、「上坂すみれの古着であるという状態と上坂すみれの古着ではないという状態が重なり合った状態の古着」を手に入れる権利を得たのです!

人類は新たな第一歩を踏み出しました!科学の勝利です!

 

 

 

秋服のお買い求めはZOZOTOWNで!

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 ご迷惑をお掛けしております。横向きの天丼の写真で失礼いたします。重力の概念は世界の理を凌駕します。この天丼はめちゃめちゃ美味い

えー、端的に言って、飲みすぎました。今は0:10ですが家に着くのは1:30ぐらいになりそうです。早く家に帰りたい。吐きそう

出会いというものは難しいものです。今日は散々飲み散らかした後、二軒目に行きつけの立ち飲み屋に行ったのですが、見覚えがあるけども見慣れない顔が入ってきたと思ってよく見るとその立ち飲み屋の店員さんで、客として来た店員さんと酒が飲めるというボーナスステージがありました。

 

もう無理なのでブログを書くことをやめます。申し訳ありません。謝罪申し上げます。よろしくお願いします。

進捗あああああああああああああ進捗あああああああああああ

皆さんこんばんは!上坂すみれの♡をつければかわいかろう、パーソナリティの上坂すみれです!

 

 

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 進捗です。火曜日

イケてる中華料理屋、カレーラーメンと白飯です。カレーラーメンはそれほどでもなかったんですが、夜は餃子にワンタンに小籠包にと(それも独特な形のやつ)包みに包みまくっておりこれはビールをやりにこなければならんなという店。中華料理屋と言いながらイケてるカウンター席や貸切専用の地下フロアがあったりして人数問わず使い勝手の良さが◎(食べログってこんな感じ?やり方合ってますか?)

 

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水曜日。斜めになってる三連の皿については好きなお惣菜が盛り放題。ご飯と味噌汁を手前に持って来れば三連の皿をこんな変な斜めに配置する必要はないのですがそこまで気が回らないのがおれの可愛さ。絶妙に構図が悪い写真が撮れてしまいました。それもまた"味"。のりたまのふりかけめっちゃうめー

 

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木曜日。串カツ屋のランチ。

この写真では正体がよくわかりませんが中身はひとくちサイズのロースカツ。 汁は豚汁。God and God of the God

衣がめっちゃサクサクで独特の油の風味が最高にウマい。ランチタイムの繁忙の中阿吽の呼吸で客を捌く老夫婦もgood 隣のオッサンがオーダーしたカツ丼がめちゃめちゃ美味そうだった。750円で串6本とかいうセットがあるらしく是非夜も来たい

 

私は悪い評価をすることができません。全部「良かった」「好き」と言ってしまうその醜態、さながら矢口真里

 

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そして今日。手前に自分の影が写り込んでいるのが最悪、チキンと夏野菜のあいがけカレー。チキンも夏野菜もゴロゴロ、それはもうゴロッゴロ入っており、「スパイスカレーって美味いけど微妙に腹に溜まらんのよなあ」とか言ってたおれはタイムパトロールが抹殺、歴史は修正されました。これは今週最大のヒット。「スパイスカレーより上等カレーみたいな欧風カレーなんだよなあ」などと吹いていたおれはタイムパトロールが抹殺、歴史は修正されました。

 

昼飯代をケチらないことでこんなにも生活が明るくなるとは知りませんでした。皆さんは知っていますか?知らないお前はオタクで陰キャ

新規開拓はマジで最高で、いよいよ来週は1500円の牛タン定食とかに手を出してしまいそうです。皆さんは陰キャだから1500円の牛タン定食は食べられませんね?可哀想

なんと驚いたことに心は勝手に「ひとりで飲みに行く計画」を立ててしまいました。実は生まれてこのかたひとりで飲み屋に行ったことがなくて、(ひとりで缶ビール片手に梅田を彷徨ったことはある)理由としては会社の人たちとはめちゃめちゃ飲みに行ってるけどもどうしてもオーダーに気を使ってしまったりしてしまう部分があって、自分の欲望のままに飲み屋を決めて好きなもんをオーダーすると感情がどうなるんだろうという思惑です。あわよくば初対面の飲み友達が出来るなど「コミュニケーション」の熟練度アップのクエストを達成できるのではないかというようスケベ心があり、動機は不明。検察は余罪の追求を急いでいます。

 

縁もたけなわですが、上坂すみれの♡つければかわいかろう、今日はここでお別れです!パーソナリティは上坂すみれでした!それでは、また来週〜